24.剣客商売                            2007年1月記   

第1巻

池波正太郎著

新潮文庫

新潮社
発行


『鬼平犯科帳』『仕掛人・藤枝梅安』とともに3大シリーズとなる池上正太郎氏の時代物小説である。

主な登場人物は次の通りである。

秋山小兵衛
剣術ひとすじに生きる白髪頭の小男。今では隠居身の60歳。

秋山大治郎
小兵衛の息子で、道場を開いているがまだ弟子は一人もいない。25歳。
浅黒く巌のように逞しい青年。

佐々木三冬
時の老中・田沼意次の妾腹の娘。19歳、女武芸者である。
作者によれば、
『濃い眉をあげ、切長の眼をぴたりと正眼に据え、颯爽と歩む佐々木三冬を、
道行く人々は振り返って見ずにはいられない』と紹介されている。
このシリーズの後の号では、大治郎の妻となるらしい。

おはる
小兵衛の女房で、40も若く20歳。おはるは大治郎を『若先生』と呼び、
大治郎はおはるを『母上』と呼んでいる。

これらの登場人物を軸に、江戸時代中期を舞台にして悪と闘う剣客父子の物語である。

吉川英治文学賞受賞の作品で、全7巻の第一作である。
7編の事件が収録されている。


第2巻 辻斬り

『剣客商売』というタイトルからは、テレビドラマの『必殺仕置人』のように
お金で殺しを請合うようなストーリーを想像するが、まったく違う内容である。

老剣士、秋山小兵衛とその息子、秋山大治郎が遭遇する日常の事件が
ストーリーとなっている。

小兵衛は、40歳年下の女房を迎え、今は気楽な隠居の身であるが、
かっては無外流直系の剣客で、道場を開いていた人物である。

この小説の頃の歳は、たしか61歳である。今の私の年齢とあまり違わない。

事件を解決するストーリも面白いが、当時の江戸は浅草周辺の季節感ある描写と、
そして、
日常のたべもののが本当に美味しそうに 記述されている。


第3巻 陽炎の男

本当にこのシリーズは面白い。読んでいて、文脈がすんなりと頭に入ってくる。
たとえばこんな具合である。
(以下は第3巻の書き出しである。引用させてもらった)

その朝、いかにも春めいた雨がけむっていた。秋山大治郎が、浅草・橋場の料亭
(不二楼)の離れ屋に仮寓している父・小兵衛をおとずれたのは、
五ツ(午前八時)を少しまわっていたろうか。

小兵衛は例のごとく、まだ朝寝をしていたけれども、おはるは起きていた。
「あれ、若先生。まだ、ねているんですよう」
「おはるさん。いや母上・・・・」
「母上は、いやですったらよう」
「だが母上は母上だ。父上と祝言をした人ゆえ」
・・・・・・(以下略)。


第4巻 天魔

この小説は、老剣士・秋山小兵衛と息・大治郎を主役とするストーリであり、
ストーリそのものも飽させないが、この小説で描かれる武士の日常生活
(武士道)の描写も興味深くおもしろい。


秋山小兵衛と大治郎との父と子の会話と作法、大治郎と自分よりも若い母・おはるとの
会話と作法などを通じて、けじめのある親子の関係が爽やかである。


第5巻 白い鬼

剣客商売に常時登場する主な人物は、前号で紹介した秋山小兵衛、秋山大治郎、
佐々木三冬、おはるの他にも次の人物が配置されていて、物語を面白くさせている。

小川宗哲
町医者で秋山小兵衛の碁友達。

弥七
四谷の御用ききで秋山小兵衛を慕っていて小兵衛の下働きをする。

玉吉
浅草聖天町の御用ききで、弥七の手下。

飯田粂太郎
佐々木三冬の世話で、大治郎道場に住み込み、剣術を修業中の少年。

近くの百姓の女房
大治郎道場に通って、大治郎の食事を作っている。

この巻は、『白い鬼』や『三冬の縁談』他5個の短編からなっている。

このシリーズの一編は、寝ながら読むのに丁度の長さで、良い睡眠薬となっている。


第6/7巻 新妻/隠れ蓑

この小説は題名からいっても、男の物語であるが、女気として小説に彩りを添えるのは、
主人公・秋山小兵衛の20歳年下の妻・おはると今をときめく老中・田沼意次の妾腹の
娘・女剣士・三冬である。

おはるは、百姓の娘として生まれ、のんびり、ゆったりした性格の女として描かれている。
一方の三冬は、男装した男勝りの女剣士としておはるとは対称的に描かれている。

秋山小兵衛の息子・秋山大治郎に好意を抱く三冬が、やっとこの6巻目で結婚することになる。
以下は本文から引用である。

・・・・・・
二人の婚礼は、この年の十一月十五日に、浅草橋場の不二楼で簡素に行われた。
田沼意次も、生島次郎太夫を従え、気軽に列席をした。
白無垢の綸子の小袖に、同じ打掛。
綿帽子をかぶった三冬の花嫁姿は、意次にとってははじめて見るわがむすめの女の姿であった。
意次は、泪を隠そうともせず、花嫁の三冬をみまもっていたという。・・・・・・・・。


第8/9巻 狂乱/待ち伏せ

小説では、食事の場面や食べ物については、あまり登場しないのが普通である。
しかし、池波氏の作品においては、食べ物が頻繁に登場し、またいかにも美味しそうに描かれる。

たとえば、この小説では、

『炊きたての飯に、実なしの味噌汁と梅干だけの朝餉を小兵衛が終えたとき、
あたりは、すっかり明るくなっていた』

とか

『長次は先ず、下ごしらえをした莢(さや)いんげんと茄子を、山椒醤油であしらったものを
出しておいてから、鯔(ぼら)の細づくりを小兵衛の前へ運ばせた』

といったように・・・・・。


第10/11巻  春の嵐/勝負

このシリーズでは、普通1巻に6〜7話の事件ごとの短編が収められているが、
この第10巻・『春の嵐』では、1巻丸まるの長編である。

幕閣の中枢で対立する田沼意次と松平定信との争いに巻き込まれた、
秋山小兵衛と大次郎父子の物語である。

そして、剣客・小兵衛と大次郎の剣は、時の権力を相手にますます冴え渡る。

時に、秋山小兵衛63歳、
妻・お春は23歳、
息・大次郎は28歳、
その妻・三冬は23歳である。

ちなみに、作者池波正太郎氏は、この時55歳、読者の私は小兵衛と同じの63歳である。
小兵衛のいきな生き方にあやかりたいものである。

第11巻では、
三冬に待望の小兵衛の孫が生まれ、小太郎と命名される。


第12/13巻  十番斬り/波紋

剣客商売の第1作『女武芸者』が小説新潮』に発表されたのが、
昭和47年(1972年)であったという。

主人公の秋山小兵60歳、者の池波正太郎氏は49歳であった。

この第13巻目が単行本として発行されたのが、昭和58年(1983年)である。

第1作目から、11年たっていて、池波正太郎氏60歳の時で
秋山小太郎は65歳として描かれている。

秋山小兵衛も少しづつ老いてきて、『これからすぐに暑くなるのう。
年をとると、冬よりも夏がこたえる。』
『わしも、老い果てたものよ。』と作者は小兵衛にはいわしめている。

孫の子守に忙しい小兵衛であるが、しかし、その剣は、事がおこれば、ますます冴え渡っている。


第14/15巻 二十番斬り/暗殺者

主人公・秋山小兵衛は66歳。

第14号から気に入った文章をチョット引用させていただく。

『小兵衛が鯉屋の舟で大川をわたり、隠宅へついたときには、日も暮れかかっていた。
おはるが飛び出してきて、
「まあ、よかったねえ」
「何が」
「無事に帰れてよう」
「これ、おはる。わしが、そんなに
老いぼれてみえるのか」
「だって、もう六十の坂を半分
越したではねえですかよう」
「だから、どうしたというのじゃ」
「あれまあ、怒りなすったかえ?」
「さほどに、わしを爺あつかいにするなら、
今夜は、たっぷりと足腰を揉ませてやるぞ」
「このごろは、すぐに拗ねなさるのだからねえ。
うふ、ふふ・・・・・・」』


第16巻  浮沈

楽しんで読んできた『剣客商売』も、この第16巻が最終の巻である。

この最終巻では、
26年前に、小兵衛が死闘の末倒した剣客の遺児とのめぐり合いから始まり、
強敵伊丹又十郎との対決がストーリである。

最後の剣は、大刀・粟田口国綱による無外流居合い・霞(かすみ)の
一手による勝利であった。

この時、主人公・秋山小兵衛は67歳、妻・おはる27歳、息・秋山大治郎32歳、
その妻・三冬27歳、その子・小太郎4歳であった。

作者・池波正太郎氏は、この
単行本『浮沈』刊行の翌年(平成2年)に、小兵衛と同じ67歳で逝去された。


番外編     黒白(こくびゃく)

池波正太郎著

新潮文庫

新潮社
発行

剣客商売は第1巻から第16巻までのシリーズ物であるが、
このシリーズとは別に、数巻の番外編がある。

この「黒白」もその番外編で、上下2巻の長編である。

シリーズでは、主人公の秋山小兵衛は、60歳を超えた老剣客として
描かれるが、この番外編では、小兵衛の若い頃を描いている。

小説では、かって昔に小兵衛が真剣で勝負したことのある、小野派一刀流の
剣客波切八郎との宿命の出会いとその後の二人の運命が描かれる。

このシリーズは、どの巻を手にしても本当に面白い。

  25.蝶の戦記                             2007年10月記

池波正太郎著


文藝春秋社
発行

やはり池波正太郎が面白い。この本は、甲賀の女忍者・於蝶が、時の戦国大名
上杉謙信側に立って闘う小説である。

この小説の面白さは、女忍者・於蝶が忍びの術を駆使しての活躍もさることながら、
戦国時代の歴史的推移が大きな戦の描写を通じて手短に読めることである。

織田信長と今川義元の桶狭間の戦いから始まり、
武田信玄と上杉謙信の川中島の戦い、
そして
織田信長・徳川家康軍と浅井長政・朝倉義景軍との姉川の戦いで
この小説は終わる。

姉川の戦い以降、浅井長政は小谷城で切腹、朝倉義景も信長に討伐され、
武田信玄、毛利元就、北条氏康の死が続く。
そして続いて、最後の大大名上杉謙信も没した。享年49歳であった。

いよいよ織田信長の天下布武の時代となる。

  26.旅路                               2007年10月記

池波正太郎著

文春新書

(株)文藝春秋

このところ池波正太郎に凝っています。

武士の若き妻・三浦三千代が主人公で、夫・芳之助が芳之助の同僚・近藤虎次郎に
殺害されるところから、ストーリは始まる。

夫を殺した近藤虎次郎を『討つ』と心に決めて出奔した三千代の、『女の一生』の物語である。

そしてもう一人の、影の主人公が堀本伯道である。
三千代を影ながら助ける伯道とは一体何者なのか、
この小説の面白いところである。

伯道の身代は、意外な結末として、小説の最後に明かされる。