地の巻
この本は、昭和56年発行であるから今から28年前に買って読んだ本である。
読むのは今回で3度目になると思う。
昭和11年の初版で、吉川英治氏は序文に次のように書かれている。
『繊細に小智にそして無気力に堕している近代人的なものへ、私達祖先が過去には持っていたところの
強靭な神経や夢や真摯な人生追求をも、折には、甦えらせてみたいという望みも寄せた。
とかく、前のめりに行き過ぎやすい社会進歩の習性に対する反省の文学としても、
意義があるのではあるまいか、などとも思った。
これらがこの作品にかけた希いであった』
初版から70年以上経た今なお、この序文は新鮮である。
地の巻では、17歳の新免武蔵(たけぞう)が、播州宮本村を飛び出し、
関ヶ原の合戦に加わるところから始まる。
水の巻
関ヶ原の戦いで破れた武蔵は、故郷宮本村に帰るが、故郷は甘くなかった。
沢庵和尚や姉・お吟、武蔵を慕うお通を振り切って、剣の道を求めて旅に出る。
そして、お通も武蔵を追って旅に出る。
武蔵の最初の戦いは、京都四条の吉岡道場である。
かって室町幕府の兵法所出仕となった吉岡道場であったが、主・吉岡清十郎の
留守もあり、到底武蔵の敵ではなかった。
明春に吉岡清十郎との決戦を約した。
火の巻
阿波の国から大阪へ通う船便に、子猿をつれた少年が乗っている。
少年は十九か二十歳ぐらいの美少年で、緋羽織の背中に、革紐で斜めに
大太刀を背負っている。反りがなく、竿のように長い。
船客とこの美少年の会話を聞いてみよう。
『周防岩国の産です。毎日錦帯橋の畔へ出て、燕を斬り、独りで工夫をやってきました。
母がなくなります際に、伝来の家の刀ぞ、大事に持てといわれてくれました
この長光の刀です。銘はありませんが、そういい伝えています。
国許では、知られている刀で、物干し竿という名があるくらいです』
この美少年こそが、武蔵と雌雄を決することになる佐々木小次郎である。
この小次郎もまた、吉岡拳法の遺子、吉岡清十郎との立会いを求めて京都へ向かっている。
風の巻
第3巻風の巻には、京都西北の蓮台寺野で行われた吉岡清十郎との果たし合い、
清十郎の兄・吉岡伝七郎との蓮華王院裏地での戦い、そして
吉岡門下60数名との1乗寺下がり松での決戦が画かれる。
一乗寺下がり松での武蔵の挨拶は、次のように書かれている。
『約定によって、生国美作の郷土宮本無二斎の一子武蔵、試合に出て参りました。
名目人源次郎どのはいずれにおわすか。前の清十郎殿や伝七郎殿のごとき
御不覚あるなよっ。
ご幼少とのことゆえ、助人は何十人たりとも存意のまま認めおく。
ただし武蔵はかくの如く唯一名にて参ったり。
一人一人かからるとも、総がかりに来られるともそれも勝手。
いでやっ。』
空の巻
武蔵が武士道を究めようと修行するこの小説で、唯一つ花を添えるのが、お通である。
武蔵を慕うお通は、武蔵を追って旅するが、いつもすれ違いとして描かれる。
今お通は、故あって江戸で、将軍家指南役の柳生但馬守宗矩のもとにいる。
そして武蔵もまた、江戸のそんなに遠くない所にいるのだが・・・。
佐々木小次郎も江戸に・・・・、武蔵を仇と狙って追っているお杉ばばもまた、すぐ近くにいる。
老いの一徹者として描かれるお杉ばばの言動も面白く描かれている。
二天の巻
この小説の脇役として、お通が魅力的は女性として描かれるが、もう一つの脇役が、
城太郎少年とと伊織少年である。
城太郎は、京都の居酒屋の丁稚小僧であったが、武蔵と会って以来、
武蔵について旅することになる。
伊織は、母とは早くに死に別れ、父の死にあったところで武蔵と出会う。
そして伊織の持つ父の形見、革巾着の中身から、お通こそが、幼いころに生き別れた
姉であることが判明した。
二人とも武蔵を師匠として尊敬し、武蔵を慕って旅をするが、・・・・。
武蔵とははぐれっぱなし
円明の巻(最終巻)
宮本武蔵と佐々木小次郎の決戦の時がきた。
場所は九州小倉は赤間ケ関の沖の船島である。
戦いの最後の模様を、本文から以下に引用させてもらう。
『巌流は、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。その切っ先から、敵の武蔵が締めていた
柿色の手拭が、二つに断れて、ぱらっと飛んだ。
巌流の眼に。
その柿色の鉢巻は、武蔵の首かと見えて飛んで行った。血とも見えて、颯ッと、自分の
刀の先から刎ね飛んだのであった。
ニコッ、と。
巌流の眼は、楽しんだかも知れなかった。然し、その瞬間に、巌流の頭蓋は、櫂の木剣の下に、
小砂利のように砕けていた。
磯の砂地と、草原の境へ、仆れた後の顔を見ると、自分が負けた顔はしていなかった。
唇の端から、こんこんと血こそ噴いていたが、武蔵の首は海中へ斬って飛ばしたように、
いかにも会心らしい死微笑を、キュッと、その唇ばたに結んでいた。』
小次郎の技と力の剣に対し、武蔵の精神の剣が打ち克ったのであると
・・・・・・・。
|