特集 No.8 義母の短歌 (81-100) (2005年2月3日発行) |
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谷深き 一軒家の 老い恙なく あるらし今日も 煙が上る 鍵穴に カギさししまま 友は留守 風のどかなり 静けさはます 乳牛と 共に餌食む 仔狸に 罠仕掛けるなと 嘆く牛飼い 農繁期 過ぎたる野辺に 人気なく どこかで杭を 打つ音がする 小鍬も て耕し終えし 荒畑の 土の温もり 手に掬いみる 杉山に 闇溜りいて 青白き 山蒟蒻の 花妖しげな 地を這う風 踏み越え走る 野良猫が 何思いしか はたと振り向く 物置の 古びし農具に どくだみが 戸の隙間から 夏を告げいる 湯上りの 赤子のような 歌が好き 泣くも笑うも 天衣無縫に たじろげる われに微動も せぬ蟇は 瞼ゆっくり 開きてとざす 「母ァ母ァ」と 騒ぐな子鴉 お前とて いまにひとりで 生きねばならぬ 明日のなき アメリカ芙蓉 惜しみなく 燃す情念の ほむらひとしお 閣僚の 顔ぶれ並ぶ 新聞に 蜜したたらせ 白桃を剥く まゆごもる 山蚕のみる 夢青からん その小世界 ひとり居に似て 零余子 はや色づきそめし 山の幸 誰と食まんか 草刈り残す 血も流さず バッタバッタと 悪を斬る 将軍吉宗 今世にあらば 手の泥を もんぺにこすり 捥ぎくれし 日昏れのトマト 熱溜めいたり 逃げるなど とても出来ない かたつむり その道ゆくな 車が通る やせこけし 母の乳首を 奪い合う 仔猫の尻尾 なぜか天向く 竜の髭 丹念に抜く わが仕種 人は嗤えど 茶の木がよろこぶ |